博美はこの深い傷に爪を立てるのが癖になっていた。
何かと無意識のうちにやってしまう。
駐輪場から自転車を出して押して歩いた。
このあたりはまだ人が多く押していった方がスムーズだ。
博美は入社して社員研修を終えてとある部署へ配属された。
仕事は好きでも嫌いでもなかった、というのはこなしていかないと生活できないからだ。好き嫌いとは別次元のものだ。
仕事ははっきりいってうまくいってなかった。
持前の負けん気の強さでがんばるのだが、そのがんばりがどうも見当はずれのようなのだ。
上司に怒られるのが日課になってしまった。
同僚にももっと力を抜いてリラックスするように言われるのだが、言われると逆にもっと力が入ってしまう。
何かに対してむきになっているように思えた。
休日に気晴らしにどうかといろいろと遊びに誘ってくれる同僚の気持ちはうれしかったのだけれど、休日は何も考えたくないし気も使いたくない。何か未来に約束することさえプレッシャーに思えた。
そんな毎日を送っていた博美だったがひとつだけ楽しみがあった。
それを思いつくといつもこれは名案だと自分で思えた。
いつもとは違う、方向から見れば逆方向の道を使っても家に帰ることができるが少し遠回りになってしまう。その遠回りの道を使う理由は熱帯魚ショップがある、ということだった。
博美は熱帯魚が好きだった。
水槽の中の熱帯魚を見ていると不思議と心が解きほぐされていくのを感じた。
今日、ちょっと見に行ってみようかなぁ?
そう自分で思いつくと、いつものようにそれはすごく名案のように思えて楽しくなった。
博美は人がまばらになってきたので自転車にまたがり熱帯魚ショップへと急いだ。