Top > 小説 青い魚(下書き) > 夕焼け

夕焼け

アキラが出て行ったあともヒロミは涙が止まらなかった。
静かな部屋の中に自分のすすり泣く音だけが漂っている。
それが余計に寂しさを増していった。

ついには泣き疲れてその場で寝てしまった。

いったい何時間寝ていたんだろう?

ヒロミがようやく目を覚ました時はすでに日が西に傾きかけていた。
ゆっくりと起き上がり洗面所で自分の顔を見た。

なんてひどい顔なんだろう。

涙を流し続けた目はひどく腫れていて他人のようだと思えた。
洗顔フォームを手に取りゆっくりと時間をかけて顔を洗った。
顔を洗っている最中に思ったのは自分がなんだか淡々としているということだった。
感情が大きく振れて、泣き疲れて心も疲れてもう動けないというか、心に筋肉があるならば筋肉痛で動けないような状態なんだなとヒロミは思った。

身支度を整え、お気に入りの帽子を深めにかぶった。
そして、小さな青い魚を自分のハンカチで包み、ポケットに入れてアキラの部屋を出た。
それはいつもとなんら変わらないような行動だった。
いつも自宅に帰るとき、買い物に行くとき、学校に行く時とまったく同じだった。


でも、これを最後にアキラの部屋に来ることはなくなってしまう。


部屋を出たヒロミは自転車にまたがり川沿いの道に出た。
アキラと土手から転げ落ちてしまったあの道だ。
日当たりのいい風がよく通る眺めの良い場所をみつけて自転車をそこに停めた。
園芸用のスコップで穴を深めに掘り、そこにハンカチに包んだ青い魚を横たわらせ、餌もいれてゆっくりと土をかけて埋めていった。
その上に少し大きめの丸い石を置き、周りに花の種を植えた。

ヒロミは土手に座ってしばらくそこにいた。
もうすぐ夕焼けが綺麗な時間になる。
小学生くらいの子供達が何か大きな声で叫んで遊んでいる。
その声の隅で川の流れる音が聞こえる。
すこし風が出てきたようだ。

なんだか心地いい、しばらくこうしていようと思った。
今は何も考えたくない、何かをしようとかそんな思いもない。
自分をこの風の中に投げ出したならどこまでも飛んで行っちゃうような気がしていた。


そうなってもいいな、そしたらどこまでいけるんだろう?


子供たちがじゃれ合いながらヒロミの方に近づいてきた。
一人で座っているヒロミのことが気になったのだろうか。


お姉ちゃん何してるの?


その中の一人の子供が遠慮がちに上目遣いでそう言った。


えっ?


ヒロミは突然のことにびっくりして何も言えずに子供の顔を見上げた。
深めにかぶった帽子のツバが邪魔で顎を突き出すような格好になった。


これあげるよ。


子供はズボンの小さなポケットから土で汚れた手でキラキラ光る包み紙のキャンディを一つ取り出しヒロミの目の前に差し出した。
小さな手の上のキャンディは太陽の光を受けて輝いていたように見えた。


うわぁー、ありがとう。


ヒロミはそう言うと両手でそれを受け取った。
その時ヒロミは笑顔になっていた。今日初めて笑ったと思った。
ありがとうと言われて照れてしまったのか子供達は何か叫びながら走って行ってしまった。

ヒロミはくるっとキャンディの包み紙を解いてキャンディを口に含んだ。
フルーツの甘味が体中に浸透していくように思えた。
そして体の感覚が一つ一つ呼び起されてくるのがわかった。
そしてキャンディをボリボリと噛み砕いてしまった。
いつもの癖だ。キャンディを小さくなるまでなめていることができない。
噛み砕いていると自分がひどくお腹が空いていることに気づいた。
そういえば朝から何も食べていない。
ヒロミはゆっくりと立ち上がりおしりについた草や土を払ってから自転車に乗って漕ぎ出した。

今夜は何を食べようかなぁ。

西の空には遠くの山に今にも沈んで消えて無くなりそうな太陽が見えた。
オレンジに染まった雲がところどころに浮かんでいる。
ヒロミにはその夕焼けが子供が書いた絵のように思えた。

小説 青い魚(下書き)

関連エントリー
映画研究会上司転機夕焼け電車ヒロミアキラある朝隔たり就職スーツ記憶青い魚熱帯魚熱帯魚ショップ社会人半同棲アキラ駐輪場
カテゴリー
更新履歴
映画研究会(2008年3月26日)
上司(2008年3月20日)
転機(2008年3月18日)
夕焼け(2008年3月 5日)
電車(2008年2月27日)