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転機

あの日から二人の間で何かが変わってしまった。
ヒロミはアキラからの電話やメールに返事はしたが自分から連絡を取るようなことはしなかった。
遊びに行こうと言われても疲れていることを理由に断っていた。
実際にアルバイトで疲れていたし日曜が忙しいようなバイトだったので、アキラの休日とはなかなか日が合わなかったのだ。


疲れていると言うとアキラは「元気出せよ」みたいなことをいつも言っていた。
でも、元気ってどうやったら出るのか忘れてしまったように感じていた。
それに自分が何か病気のように感じられてそのように言われるのは好きになれなかった。


そうじゃないのよ。


ヒロミはいつもそう思っていた。
言おうと思ったことは何回もあるが途中で飲み込んでしまっていた。
言ったところでどうにかなるものじゃないし、もし自分の思うようになったとしてもそれでいいとは思えない。
ただ今のままじゃアキラと二人であっても、昔とは変わってしまった空気感に耐えられないと思えた。ちゃんと目を見つめて向き合えることができるだろうか。
ヒロミは自分のことを強がりで負けん気が強いと思っていたがホントはただの弱虫なんだなと思った。
ただ逃げているだけなんだと。
アキラのことは嫌いになったわけじゃないし今でも好きだ。
こんな状態でも連絡をくれるのはうれしい。
どっちつかずの想いのまま淡々と毎日は明けては暮れていく、そんな毎日だった。

そんな状態は数か月続いた。
アキラからの電話は明らかに減ってきた。
電話口からは苛々しているのを感じられることもあった。
アキラには悪いと思いながらも謝れずにいた。
謝るっておかしいとも思っていた。負けず嫌いが変なところで顔を出す。
そんな自分が少し嫌になってきた。
好きな人とちゃんと向き合うってことは自分と向き合うことなんだろうなぁ。
アキラと向き合えないのは自分と向き合えてないからだと思う。
わかっていても何となく過ぎていく日々にすべてをゆだねているような感じだった。
自分で流れを変えていく力がなくなっているんだと思った。


そんなヒロミにも転機が訪れようとしていた。
そろそろ就職活動をしなければならない時期になってきたのだ。
特に希望の職種はなかったのだがとにかく決めなければ来年からどうすればいいのかわからない。
ヒロミはリクルート用のスーツを買った。
黒くて地味だなと思いながらそれを着て鏡の前に立ってみた。
なんだか似合わないけど今までの自分とは違うように見えた。

横からの姿や後ろをチェックしているとアキラが初めてスーツを着た時のことを思い出してしまった。


アキラがこの姿を見たらなんていってくれるんだろう?

就職が決まったらこの姿で会いに行ってみようかなぁ。


一瞬そんなふうに思ってみたが就職活動のことを考えると少し憂鬱になってきた。

ヒロミの就職活動はそれほど順調だとは言えなかったけど数社をまわったのちに一つの内定をもらった。普通の事務系の仕事で今の家から通えるしってことでそこに決めようと思った。その時はすでに木枯らしが吹き始める季節になっていた。

ヒロミはリクルートスーツを着てアキラの家の前にいた。
アキラは仕事がうまくいっていて業績も良いらしく仕事も忙しくなってきたらしい。
平日は会社の近くの会社の施設で寝泊まりしているようだ。
ヒロミはアキラに会おうと思って来たのではなかった。
過去の自分にいつお別れをしても大丈夫なように思い出を整理しにやってきたのだと自分では思っていた。
でもそんな整理なんてうまくいくはずがないということも分かっている。
思い出が心に蘇るたびに自分がアキラのことが好きなんだなという気持ちでいっぱいになった。大学時代のどんな思い出もアキラにつながっていく。
そんな思いをかき消すように冷たい木枯らしがヒロミの肩まで伸びた髪を乱していった。


期待と不安の社会人、みたいなことを言う人がいるがヒロミにはそれは面倒なことにしか思えなかった。とりあえず大学生ではなくなる。

春はもうすぐそこまで来ていた。

小説 青い魚(下書き)

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更新履歴
映画研究会(2008年3月26日)
上司(2008年3月20日)
転機(2008年3月18日)
夕焼け(2008年3月 5日)
電車(2008年2月27日)